「めーちゃん、めーちゃん」
「なぁにカイト」
「ピクニックに行こうよ!野原でお弁当食べて池でお魚釣るんだ!」
裏木戸から入ってきた少年は、自分より少し背の高い、赤い髪飾りの少女の袖を引っ張りそう言った。
「だめよ。マスターのお手伝いしてるとこだから」
少女は振り返ると、少年の目を見て、きっぱり言い放つ。
その青い目を不服そうに細め、少年は少女にまとわりついた。
「いーこーうーよー!一人でお留守番つまんないー」
「だってぇ…、まだお洗濯物干し終わってないもん」
「ぼくもやる!お手伝いするから、早く終わらせておべんと作ろっ」
「カイトだって、今日のレッスン終わってないでしょ」
「終わったよ!マスターが出かけてすぐ、ふよみ全部したよ!」
今度は少年が胸を張る番だった。
「本当に?」
「ほんと!」
うーん、と少女は腕組みをし、大人のように気難しげな顔をする。
少年は期待を込めて少女の紅茶色の瞳を見据える。
どこか遠くで聞こえる、たどたどしいピアノが「ちょうちょ」の一番を弾き終えたところで、少女は頷いた。
「分かったわ。マスターにお願いしてみる。そのかわりちゃんとお手伝いしてよね?」
やったぁ!と飛び上がる少年のために、少女は踏み台を取りに玄関に向かった。
洗濯物を干すには彼の身長は少し竹竿に届かなかったからだ。
めーちゃんのちゃっかりもの!と少年の甲高い声が追いかけてきたが、約束は守ってもらわねばならない。


あの丘を登ろう


メイコとカイトはいつも一緒だった。
この辺りにいる年の近い子どもは二人だけだったし、家も隣同士である。
カイトにとってのメイコはお姉ちゃんかつ友達だったが、メイコにとってのカイトは甘えんぼの弟だった。
えっ!ひどいようめーちゃん!
あら、またべそかくの?カイトはいつまでたっても泣き虫ね。
そんなことないやい!(シャキーン)

駆け出すカイトが振り回す、ランチボックスの中のサンドイッチを心配しながらメイコはのんびりと緩い坂道を登る。
春の陽気は暖かく、靴底に触れる草はふわふわと柔らかかった。
「ら、ら、ら……」
無意識に口からこぼれ出るメロディーは、メイコが大好きな晴れの日の歌。
お気に入りのサンドレスと、お揃いのオレンジのリボンをつけて、先月の舞台に立ったときに歌った歌だ。

「お日さまの光とー!」
カイトと一緒に。

「もっと優しく歌うのよ」
「だって、めーちゃんの声がとおるから、ぼく大きな声出さないと負けちゃうもん!」

「元気なクローバー 今日もいい天気」

「あたたかい風と よう気な子犬たち」

「明日もいい天気 ら、ら、ら」


二人で声を弾ませ歌っているうちに、丘の上のベンチが見えてきた。
見晴らしがよく、小さな公園もあるカイトのお気に入りの場所だ。

いつもはマスターたちと一緒に来るけど、今日は二人きり。
道端で拾った棒っきれを振り回していたカイトが、あっと歓声を上げた。
「めーちゃん、すべり台行こっ!」
メイコの手を引いて走り出す。
「待ってよー。まずはお弁当食べてからにしましょ」
「早く遊びたいもん!」
「でもすべり台で遊んで、ジャングルジムものぼって、お池にも行くんでしょ?
 途中でお腹減っちゃうんじゃないかしら」
「そっか!じゃあ先におべんと食べる!」
そういいながらも、走り出したカイトの足は止まらなかったのだった。

「めーちゃん、ぼくね、大きくなったらめーちゃんをお嫁さんにするんだ」
大好物の卵サンドを頬張りながら、カイトはベンチに座った足を落ち着きなくばたばたさせる。
「そうなの?」
「うん。めーちゃんとけっこんして、二人で歌手になって世界一周するの!」
「そうなの…」
バスケットの中で少々偏ってしまったハムサンドを口に運びつつも、カイトの水色のマフラーにこぼれた卵が気になるメイコであった。
「めーちゃんは?めーちゃんもぼくとけっこんして歌手になりたい?」
「結婚するかは分からないけど」
「えーーー」
「歌うのも好きだし、世界一周もしてみたいし、
 あと……カイトのことも好きだから、それもいいかもね」
「やったあ!」
サンドイッチを飲み込んだカイトはベンチの上でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「まったく…。ほーら、おてて拭いて、お茶飲んでゆっくりしよ?」
「だいじょぶー!ごちそうさま!!ジャングルジム行ってくる!」
「すべり台じゃなかったの?」
「あーそっか!!すべり台行く!」
いつかカイトも大人になるのかしら。
もうちょっと大人しくなると楽なんだけどなー、と遠い未来に思いを馳せながらメイコはポットのほうじ茶をすする。
「めーちゃん早く早くー!」
すべり台の上から叫ぶカイトに手を振り返し、
でもやっぱりかわいいカイトが一番かな、とメイコはひとりごちた。

うららかな午後のひと時であった。




「なーんてね、僕らにも無邪気な子ども時代があったのさ」
「やっぱり、お兄ちゃんとお姉ちゃんは幼馴染だったんだね!」
「そうそう。子どもの頃のめーちゃんは小っちゃくてもお姉さんでね、僕はいつも守ってもらってて…」
「カイト兄、それ今でもじゃんww」
「…おい。お前ら自分たちの最初の記憶を思い出せよ…」

「あら、カイトも子供のころは綺麗なソプラノだったのよ」
「ええぇぇ!!?」
「嘘よ」
「メイ姉……」



子どもカイトはハイテンション、子どもメイコはおっとりがいいと思います。

カイト「捏造万歳」

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