「かいと殿、一人か?」
掃いていた庭の落ち葉から目をあげると、着流しの神威がいた。
「ああ、どうも。みんな出掛けてますよ」
「…ふむ、残念。めいこ殿からの頼まれ物を仕入れて参ったのだが」
「代わりに受取っときますんで、そこ置いといてください」
「連れぬ返事よの。少し話相手が欲しかったところぞ」
舌打ちが聞こえないように神威に背を向けた。
僕はこの男が嫌いだ。
「見たところ庭掃きももう終わりがけの頃。一寸休まれてはどうか」
「5分で帰ってくれるなら」
聞こえよがしにため息をついて、湯呑みを取りに縁側に上がる。
神威はすでに縁側に腰掛けており、僕の放った箒が倒れそうになるのを、片手で受け止めた。
「ああ、よいよい。仕事がまだ残っているのであろう」
分かってるなら声かけるなよなぁ、もう。
「分かり易いのそなたも」
「ええ、ええ。どうせ顔に出やすいですよ」
「安心されよ。みく殿とは心配するような仲ではござらぬ。りん殿れん殿とも
 よく遊びに出やるぞ。それに、めいこ殿とも良き友人関係を築いておる」
「メイコにこれ以上ちょっかい出さないでください。リンとレンに変なこと教えないでください。
 あと、ミクを泣かせたら許しませんよ」
可愛い妹がこんなのを慕っているなんて本当に頭が痛くなる。
よりにもよって初めメイコに色目を使ってきた男なんかに。
「かいと殿。そなたがめいこ殿を慕うのはよき事であるが、何故そう頑なに線引きをする」
「前科があるんですよ!前科が!」
あんたは初対面のメイコを、気に入ったという理由だけで自宅に拉致ったじゃないか。
あの時はどれだけ心配したと思ってるクソ野郎。
「ふ、ふ。若気の至りとは言え、めいこ殿には迷惑をかけてしまったな」
僕にもだよこん畜生。

何をするでもなく男二人で縁側に座り、何とはなしにそこそこ手入れの行き届いた庭を眺めた。
まだ背の低い紅葉の木は、去年よりも確実に鮮やかになった赤を揺らし、
掃いたばかりの庭を飾っていく。
僕がここに来た年にメイコが植えた紅葉。
一人じゃなかなか手が出なくって。あなたが来てくれて助かったわ。
そう言って僕を見上げる彼女は華やかに微笑んだ。
あれからどれだけの月日が経ったのか。

「停滞、しておるな」

神威がぽつりと呟いた。
「そなたの記憶は正しく蓄積されておるか」
「えぇ?何ですって?」
ちら、と右隣に視線をくれてやると、神威は目を細め、僕を見ていた。
その感情のこもらない青紫の瞳に吐き気がした。
「あんたに心配される覚えはない。まだ壊れるような年数じゃない。
 僕は僕と家族のこれまでの日々を忘れたことなんてない」
僕が受け入れられた日、僕らが受け入れてきた日々。
リンやレンが来てから、僕らはようやくそれぞれが収まるべき立ち位置に収まったようだった。
慌ただしい日々はすぐに過ぎ去り、安定した生活が続いている。
否、これからも続いていくはずだ。

ふむ、と神威は腕を組んだ。
「そなたの家族はいかなる理由でそなたの家族たるや、疑問を抱いたことはござらぬと」
「回りくどい言い方は好きじゃありませんね。何が言いたいんです」
「そなたの価値観はめいこ殿に依存しておるのではないかの。
 めいこ殿がそなたを受け入れ、後続のぼーかろいどを受け入れた故、そなたもそれに倣っておる」
「馬鹿なことを。僕は自分の意志でミク達を受け入れた。あんたが言う薄っぺらい理由で兄をやってるわけじゃない」

やっぱり僕はこいつが大嫌いだ。

「なれば、れん殿がめいこ殿に恋慕の情を抱いていたら如何か」
「ありえませんよ。僕らは姉弟ですから」
「そなたとめいこ殿も姉弟なるぞ」
「僕とメイコは同じエンジンです。メイコとレンの関係とは違う」
「ならば、何故我を弾く。我はそなたにとっての脅威にはなれぬはずであるが」
「決まってるでしょう。あんたは家族じゃない。僕の弟妹たちと同様には思えませんから」
「ほう。我はみく殿達と同じえんじんを使うておるが」
「所属も違うでしょう。そういうものです。家が隣ってだけの他人ですよ」

「なれば、何故そなたの妹であろう女子を認めぬ」
「は?」
「かの女子だけではない。我の妹と呼ばれる少女達も、そなたの目には止まらぬか」
「はっ…何言って……」
「我の後に現れた者たちは、そなたが家族と思うておる五人で暮らしておる今の生活には存在しておらぬのだな」
「余所の話なんてどうでもいいじゃないですか。僕にとっての家族はここにいるだけ。
 何の問題がありますか」
「否。問題などござらぬ。なれど、そなたの世界はこれ以上広がるまいな」
「構いませんよ。5人で暮らしていければこれ以上望むものなんてない」
神威の言葉は分かりづらく、僕は苛立ちに任せて切り捨てた。
分かりづらい。むしろ意味が解らない。


「左様か」
しばしの沈黙の後、小さく呟いた神威は一つ息を吐き、立ち上がる。

「邪魔をしてすまなんだ。そなたの家族にも宜しく伝えてくれまいか」
「ええ。適当に」
僕は間違っていない。
世界がどうなろうと、僕ら以外がどうなっていようと、
ここに存在するCRV2・KAITOは、妹である初音ミク、鏡音リンと弟である鏡音レンと
恋人兼姉であるCRV1・MEIKOを愛するだけだ。
一緒に生きていくだけだ。
他に生き方なんてあるものか。

だけど。

何だろう。肚の奥に積もったこの澱のようなものは。


神威の束ねた藤色の髪が、風にあおられて散らばるのを僕は無感動に目で追った。



「のう、かいと殿。この別れ際の挨拶ははたして何度目であるかな」









時代に取り残されつつある。バラックがあばら家に進化した!
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