「めーちゃん!」
改札を出た瞬間、聞き慣れた声が耳を打つ。
駅の雑踏の中でも、真っ直ぐに自分に向けられているのが分かった。
なにしろ声だけはよく通るのだ。あの男は。
周囲の視線が集中していることを知ってか知らずか、恥ずかしげもなく満面の笑みでぶんぶん手を振る姿に、私の方が赤面してしまう。
他人の振りをして帰ってしまおうとも思ったけど、そんなことをすれば、ますます人目をはばからずに騒がれるだろうことを思い、足早に駆け寄った。
「おかえり!……うん??」
怒ったような私の顔を見て、きょとんとするカイトをちらりと一瞥し、足を止めずに駅の出口に向かう。
「あ、あ、待って!」
慌てた足音が追ってきて、荷物を提げていた手元がふっと軽くなる。
愛想なくあしらっても、荷物を持ってくれる健気さがいじらしい。

「分かった。子どもみたいに手を振ったのがいけなかったんでしょ?ごめんね、嬉しくてつい」
「それもあるけど…」
「じ、じゃあ『めーちゃん』じゃなくて『姉さん』て呼ぶべきだった?」
微妙にズレてる気がするけど…まあ。
「そうね。そっちの方がちょっとはマシだったわ」
「そ、そっか…。姉さん、か…」
しゅんとうなだれた気配が伝わってくる。

ああ、でも私もズレてるのかもしれない。迎えにきてもらって嬉しいのに。
鬱陶しいくらい大切にしてもらって嬉しいのに。
意を決してくるりと振り返ると、泣きそうな顔のカイトは、取り繕うように無理やり口角をつり上げて、わたわたと言葉を紡ぎ始める。
「あ、えと、ごめん、あの…」
謝る理由を考えていたようだ。馬鹿。あんたは何にも悪くないのに。

「ごめん。ありがと」
目を合わせずに早口で呟くと。えっ、と戸惑いの声が降ってきた。
上手く伝わるかしら。
つんと小指を彼の指先にぶつけると、一瞬の間の後、
「うん!」
と頬を上気させ、ぎゅっと手を握られる。
「早く帰ろ!今日はめーちゃんのためにリンとレンが張り切ってカレー作ってるんだよ」
「ほんと?楽しみだわ」

これで仲直り。いつもどおりのやり取りにほっとする。
ストレートに感情を出せるカイトがちょっとうらやましいけど、一日中好き好きなんて絶対に言えない。
それでも、この時間がもう少し続けばいいな、と思ってるのは本心。
自惚れじゃなかったら、きっとカイトも同じ気持ち。



「なーんてことが今ごろ展開されてたりして!」
「カイ兄がただのウザキャラじゃんか」
「リンはカイト兄ちゃん好きだよ。誰かさんと違って優しいしー」
「うっせバーカ」

「ただいまー」

「帰ってきた!」
「メイ姉おかえりー」
「めーちゃんごめんごめんなさい!後生だから…」
「公衆の面前でめーちゃんめーちゃん連呼する非常識に食べさせるアイスなんてありません」
「うわあぁぁん!リンちゃんレンくん加勢してよおぉ!」

「うちの兄貴はウザキャラだったか…」
「そうでした…」
(がくり)
(がくり)




馴れ合いウザスの高校生めいこちゃんと、駄々っ子小学生かいとくんの間違いでした。
inserted by FC2 system