あか、赤、紅、緋。
そしてただ、白。

踏みしめた靴底は頼りなく赤に沈み込み、今にも足を取られそうな安定感のなさで。
透き通った白い闇の中、どこからともなく降り注ぎ、積もりゆく紅葉の上を僕は歩き続ける。
不自然なほど見通しのよい世界はしろとあかに二分され、僕は進み行くしかないのだと知らされた。




何故ひとは赤に惹かれるのだろう。
警告色だといって振りかざし、愛の色だといっては飾り立てる。

僕は人間ではないけれど、赤に惹かれる。
きっとそうプログラムされているのだ。

だって赤は、僕の愛しいひとの―――




茜と臙脂が絡まりあう僕の行き先に、唐突に、本当に唐突に、微かな乳白色が投げ出されていた。
それはあたかも僕の周りを包む白が結晶となって地に落ち、
赤が僅かに染み込んで桃色に染まったかのような柔らかさでそこに落ちていた。

ああ。やっと見つけたんだ、と僕は急ぎもせず、しかし脇目もふらず、そのあたたかさを求めて歩を進める。
長くて短いその距離を詰めたとき、僕の願いはついにかなうのだ。




ひとが赤に惹かれるのはきっと、本能に標されているからなのだ。
赤は知恵の実の色であり、血潮の色。

僕が人間ではないのに、赤に惹かれる理由。
それはきっとそう、プログラムされているからではない。

何故なら赤は、僕の愛するひとの―――




柔らかく閉じられた瞼、色付いた唇、落葉と同じ深い赤に包まれた身体。
ようやく辿り着いた。僕の半身。
さらさらと音がしそうなくらい艶やかな髪を撫で、その頬に指先を滑らせる。だけど。


うそだ。


めいちゃん、ねぇ、めいちゃん、起きてよ。

震える声で抱き起こした肩は氷のように冷たく、僕の体温を無為に奪っていく。
いくら僕が冷え切ろうとも、僕から流し込まれたこの熱はきっと彼女の目を覚ますことはない。
僕は悟った。遅かった。もうすでに最初から終わっていたのだと。
停滞した空気が前触れもなくざわめき、紅葉を一枚白い空に舞い上げた。
やがては白に飲み込まれるちっぽけな赤。
そのとき僕は初めて、この調和の取れた世界の中で、自分が異分子であることに気が付いたのだ。
まるで一雫だけ飛んだ汚らしいインク染みのような、青。


薄く開いた彼女の口の端から、つう、とあかが伝い、僕の白い上着を染めた。
ああ、そうか。僕の大事なひとはあかなんだ。
あかを纏っているんじゃなくて、あかでできていたんだ。
僕の大切なひとは赤そのものだったんだ。

僕の目から静かに流れだした透明な水が一滴、あかを薄め、真赭に変えた。
このままこの血を潮で割っていけばきっと、彼女の肌の色になるに違いない。

僕はただもう一度、椿のようなこのひとの笑顔を見たくて、しろとあかの世界の中で、涙を零し続けた。





跳ね起きた勢いで布団が床に落下する。
びっしょり冷や汗をかいた身体の表面が空気に撫でられ冷めていった。
頭が痛い。息が苦しくて、心臓がうるさく暴れて、頬を伝う涙はまだ止まりきっていない。
ぶちりと噛み締めた唇から流れ出すのは鉄の味。
掌に取ったそれは当たり前の色をしていた。
ああ、僕はまだ現実<この世界>に見捨てられたわけじゃない。

いてもたってもいられず寝室を飛び出し、そのドアの前でぴたりと足を止める。
馬鹿馬鹿しい。こんな夜中に何をしてるんだ。
理性と欲望が折半した結果、僕の手はそっとドアノブを握り、音を立てないように彼女の部屋に足を踏み入れた。

穏やかな寝顔はいつもと何一つ変わらず、薄く微笑んだまま僕を出迎えた。
呼吸を整え、夢で見た風景と同じように、白い頬に指を伸ばす。
僕がほしかった温かいぬくもりは、ちゃんとそこにあった。


よかった。


めいちゃん、ありがとう。

小さく呟いた僕は、彼女のベッドに膝を着き、白い腕を両手で握り締めた。
起きたらきっと怒られるだろうな。

何で勝手に部屋に入ってきてるのよ!この非常識!
まったく……寝てる間に、ぐちゃぐちゃの泣き顔した大の男に手を握られてるなんてぞっとしないわ。


それでも―――


「それでもね、僕は君に怒ってほしいんだよ」

僕の頭をぺしっと叩いて、まくし立てたあと、ふうっと一つため息をつく。
そして、何があったのよ、と細い指で僕の目尻を拭ってくれるのだ。

そこまで想像してまた一つ――
落とした涙に赤が混じることなんて、なかった。
けれど僕は知っていた。
彼女はもう二度と。






たとえば生まれたその瞬間からずっと夢を見ていたとしたら一体何を現実と呼ぶのか(意訳)
…と某有名漫画のラストシーンを思い出しつつ。無限ループってこわくね?

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