雰囲気バトルもの(ただし事後)。ちょこっと流血描写あり


戦場での僕らは文字通り、獣のように傷を舐め合って生き延びてきた。

犠牲は最小限に。直接対決なんてそれこそ最終手段。
遠隔攻撃を主体としていれば、大事な部下を失うことなんて滅多にない。
多勢に無勢のフルボッコ状態まで押した後が隊員たちの出番だ。
どうしても精鋭だけで突撃せねばならない場合――鉄砲玉は常に幹部が担う。
それが僕らの常であり、組織のルールなのだ。
みんなの命預かってるんだもの。それくらい私たちの務めだわ。
そう言っていつも、僕の隣にいる赤い彼女は栗色の髪を揺らし腰に手を当てて不敵に笑う。

ひっきりなしに続く轟音と悲鳴の中、それでも勝利を奪い取るために、先陣を切って駆け抜ける。
それが僕らの生きる術であり、日常だった。


戦場のデコイズライフ


暗い。暗くて、狭くて、腰を下ろした地面は岩でごつごつしていて痛い。
おまけに寒い。とてつもなく寒い。上着は破れて用を成していない上に、
更に残った衣服まで脱がされてしまってはいたし方あるまい。
とどめを刺すかのごとく軽く発熱した身体で、何とか意識を保っていられるのは、
ひとえに僕の懐にしがみ付くように潜り込んでいる彼女のおかげだ。
メイコは僕の肩口に顔をうずめ、熱の発信源に丁寧に舌を這わせる。
左肩の付け根に大きく刻まれた刀傷は、出血が止まってもずきずきとした疼痛を脳に叩きつけてくる。
漏れ出す透明な組織液を舐め取る彼女の舌がもたらす、ぴりっとした刺激が心地よく感じられるほどに。
この寒さの中で、外気に触れた水分が冷えてしまうのを恐れてか、
メイコは執拗なまでに何度も何度も僕の傷に口を付ける。
それはまるで愛を語らう時の仕草にも似て、覚醒しない意識のまま、愛おしい彼女に触れようと、
上がらないはずの腕を持ち上げかけた。

「――まだ。動かしてはダメ」
それにぴくっと反応した彼女は、やんわりと僕の腕を取り膝に乗せる。湿った石の上よりかは幾分温かい。

「少し休むといいわ。ここはまだ奴らには捕捉されていない区域だから」
メイコは僕に宛がおうとしたのだろうか、傷に障るという理由で剥がしたシャツを手探りで引き寄せた。
しかしそれが体液に塗れ、到底寒さを凌げるものではないことに嘆息し、ぐっともう一段階強めに身体を密着させてくる。

ボロ布と化した白いコートは、僕の背と岩肌の間に挟まれているから使うことができないのだ。

「ごめん…。無駄に厚着してるくせにちっとも役に立たなくて」
動く方の腕でぎこちなくマフラーを手繰り寄せ、汚れていない部分をメイコの背にかけてやる。
どう見ても衣服面積が少なめの彼女もまた寒さを感じているはず。
「違う! ……っ! 私は……」
咎めるような強い語気で僕を睨み上げるその瞳にみるみる水の膜が張り、揺らめく。
ごめん、失言だったかな、と苦笑しながら目尻に口付ける。仄かな潮の味を感じた。
上気した頬に貼られた絆創膏の下には刃物で掠った切り傷がある。彼女に施した14箇所の治療の最後の場所。


想定外の潰走だった。敵隊員の買収に失敗し、思ったより手数を増やせなかったのだ。
×××の野郎…卑怯な手を使いやがって。何度も拳を交えた敵幹部の名前を呟き悪態をついた。
『我々の団結力を甘く見るな。ここに集うは組織に忠誠を誓った仲間たちのみだ』
真っ直ぐな視線は「正義」を信じて疑わぬもの。
これはテレビ局に圧力をかけて報道規制を敷かないと、こっちが悪役だと思われかねないな。
そんなことを考えつつ、戦略的撤退を呼びかけたものの、最後まで残りおとりを引き受けた僕らは、
思った以上に傷を負うことになる。

奴らは本気で僕たちを潰しにかかってきている。
いの一番に撤退させたミクたちが本部に戻り、建て直しを図って再出撃するまで、僕らは基地には戻らない。
そうメイコに告げると、相棒は黙って頷き、ハイタッチを交わした後、僕に背を向けて駆け出した。
互いに敵を引き付け合い、罠に嵌めつつ適当なところで捲く。
落ち合い場所として決めていた洞窟で再会したのはほぼ同時刻だった。
僕の姿を見て安心したメイコは柄にもなく、がくりとその場に膝を着く。
慌てて駆け寄った彼女の身体は傷だらけで、一目で追っ手の多さに苦戦していたのが分かった。
僕を追撃してきたのは少数の幹部級だけで、一騎打ちで順に撃破してきたのだが、
その分の雑魚の数はメイコに食らいついていたのだ。


予想だにしない長期戦に、最低限の数しか用意していなかった救急キットを、惜しむことなくメイコに全部使った。
もちろん反省も後悔もしていない。
見ちゃいられなかったのだ。メイコが苦しむ姿を、痛みに呻く声を聞き続けるくらいなら、
自分の手当てなんて後回しでいい。
めいこ、めーちゃん、しっかりして。大丈夫だから、すぐキレイにするからね。
……はい、一丁あがり。全然たいしたことなかったよ。次診るからちょっと足伸ばして。
ああ、ごめん。痛いね、苦しいね、もう少しだけ我慢して。ほら、これで――。
なかには目を背けたくなるほどの深い傷も幾つかあったけれど、でたらめに励ましながら手を動かし続けた。
メイコを安心させるというより、僕自身の震える手元を安定させるためと言った方が正しいのか。
現にメイコは抵抗する気力もなく、必死に自分の中の激痛と戦っているだけで大人しいものだった。
夢中でキットの中身をあさり、テーピングを終える頃には僕のシャツは肩口からぐっしょりと濡れそぼっていた。

鎮静剤の効果が現れ、ようやく動けるようになったメイコは、自分の受けたダメージにのた打ち回るばかりで、
僕が貧血で姿勢を崩すところを甘んじて見過ごした己を許せなかったらしい。
それからずっと、彼女の身体は僕の湯たんぽ代わりで、ともすれば痛みに身を捩り、
かえって傷を拡げてしまうかもしれない僕を、安定剤として押さえつけている。


「…全ての治療用具を私の怪我だけに使うなんて馬鹿よ。大馬鹿。司令官が聞いて呆れるわ」
「どうせ僕のこの傷の大きさじゃ、包帯もガーゼも足りないんだからいいじゃない」
「だからって消毒液まで全部使うことないでしょうに」
ああ、そんなことにまで気が回らなかった。

「いや…ちょっとはこっちにもかけたさ」
「嘘。傷口にそんな味しなかった」
嘯く僕をメイコはばっさり切り捨てた。
まずいな。怒ってる。
元々このひとは大人しく守られてくれるようなお姫様ではないのだ。

何度同じ状況に陥っても、僕はメイコを優先して助けたい。きっとそうするはずだ。
ただそれに罪の意識を感じられては心苦しい。
僕を心配するが故の憤りは、贖罪の形となって僕に与えられる。
無力な足掻きにしかならないけど、動かずにはいられない。そう思っているに決まってる。
でもそれは僕にとってたまらなく嬉しいもので。
だから僕は彼女にそっと頬ずりして耳元で囁くのだ。

「お願い」と。

僕の中の機械の部分はキットの治療薬を欲してるかもしれないけど、
それ以上に生身の部分はメイコの温かさを求めてるんだ。

獣や人間といった生物(いきもの)と同じように、機械の骨を包む僕らの生体パーツは生きている。
傷を舐めることで僅かながらの自己治癒効果が期待できるのだ。僕の皮膚の裂け目から無為に流れ出した人工血液も、
メイコの口に入れば多少の栄養補給にはなるだろう。そういう風にできているのだ。
それが戦場における同型機の利点であり、僕らが対で生きている理由。
相手がこのひとで本当に良かった。同胞だから惹かれるんじゃない。好きになった人が同胞だったのだ。
この違いは大きい。損得抜きにして互いを思いやることができるのだから。

メイコの口内のその潤みが傷口を温く覆い、包み込む。先ほどのやり取りのおかげか、
意識も少しずつ晴れやかになってきた。
当たる吐息が熱くてくすぐったくて少し身を反らすと、胸をひやっとした感触が撫でる。
僕の肩に置かれた細い手首の包帯から血が滲み出し、それが胸部に付着していたようだ。
あんなにきつく縛っておいたのに、と目を凝らすと、太ももや腹部のそれも薄っすらと朱に染まってきている。
長くは持つまい。ミクたちから通信が入ったらすぐにここを出よう。

「めーちゃん、ちょっとこれほどくね」

とは言ったものの、片手でテープを剥がそうとするだけでなかなか苦戦する。
不器用な僕を見かねて、メイコが手伝ってくれたのが情けない。
露わになった手首の傷周りは紅く汚れていて、全部舐め回してやろうかと思ったけれど、
体温低下に繋がりそうなので傷口に唇を当てるだけに止めておくことにした。
血の匂いに紛れて大分薄まってはいたものの、消毒薬の刺激臭と仄かな苦さが口の中に広がる。
少し温めてしまったせいなのか、ゆるゆると流れ出る人工血液を舌で掬い取っては嚥下した。
温くて、生々しくて、鉄の匂いがする。されどこの味は生きている味。彼女がここにいることを証明する、命の味だ。

まだくたばるわけにはいかない。この戦いには負けられないから。
どんな卑怯な手を使ってでも、勝たなければならないから。
そのためには傷を舐め合い、這いつくばってでも、泥水を啜ってでも、僕らは前に進んでいくしかないのだ。


唾液と混じり合った鉄の味が薄くなってきた頃合いを見計らったように、メイコが僕に身体を預けてくる。
僕の傷はというと、上手く舐め取ってくれていたようで、冷たさに気付かないうちにあらかた乾いていた。
お世辞にもリラックスしているとは言えない寝顔だが、
それでも僕に信頼を置いているからこその休息のとり方だとは分かっている。
緩慢な動作で彼女のむき出しの背中を左腕で覆った。もう傷は開かなかった。


冷たい彼女の身体と、僕の発熱した身体を寄せ合い、体温の均衡をとりながらここで朝を待とう。
囁くように零した子守唄が、擦り減った彼女の精神を癒せますように。
願わくば彼女の血が、僕の血が、お互いの消耗した身体の新たな血肉となり、次の戦いに備えられますように。

今日もまだ生きていることに、僕らが二人で寄り添っていられることに、どこかにいるかもしれない神に感謝をしつつ、
腕の中にある存在の重みを噛みしめ、ゆっくりと瞼を閉じた。



END


卑怯戦隊シリーズは熱すぎて困る。燃えろ創作意欲
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