「世界がさー、滅亡すんだよ突然」
「うん?」
「滅亡することになんの。それでさ、みんなパニックになるんだけど、
 一人の男が『俺は愛する人を守るために、世界を守るんだ!』って立ち上がんの」
「ほー」
「ま、色々あって世界は主人公のおかげで救われるんだけど、
 そいつは自分の身を犠牲にして戦って、もう帰ってこないの。
 そんで、主人公の恋人が『あなたのこと、絶対忘れないわ』って涙を流して終わり」
「ふーん。ハッピーエンドじゃない」
「カイ兄だったらどうする?」
「世界を救うかってこと?」
「うん」
「んー。自分にその力があるなら考えるけど、そうじゃないなら
 あえてチャレンジしないなー」
「カイ兄らしい日和見主義な回答ですこと」
「レンはやりたいんだろ?」
「ん…まあ……」
「そこはびしっと」
「でもさ…。やっぱ怖くね?」
「大丈夫。世界は主人公の少年によって救われるのがセオリーだから」
「テンプレの話じゃねーよ!
 だって、失敗しても成功しても、二度と大事な人に会えないじゃん……」

「お兄ちゃん、レンくん、おせんべ食べるー?」
「ありがとー。いただくよ」
「あのさ、ミク姉…」
「なーにー?」


「あー、それ、こないだがくぽさんが言ってくれたよ」
「のろけきたー」
「うっせ、黙れアイス」
「がくぽさんはね『ミク殿は命に代えても我が守り抜いてしんぜる』とか言って
 真剣な目でわたしを覗き込んでくるんだけど、もうCMに変わっちゃってたから
 何だか場違いさがおかしくて」
「ミク姉も見てたんだあの映画」
「うん。先週の金曜日」
「ミク…!そんな時間まで神威さんとこで一体何を…!!」
「違うよー。お姉ちゃんが迎えに来てくれるまでスタジオのテレビで見てたんだってば」
「あ、あのさミク姉!」
「あ、ごめんレンくん」
「…やっぱさ、女としては、自分も世界も守ってくれるような
 英雄みたいな男がかっこいいのかな……?」
「憧れは…ある、かも」
「そか……」
「でも、わたし個人的にはちょっとやだ…かもしれない」
「え?」
「だって、もう帰ってこないかもしれない恋人を笑って送り出すなんて、
 わたしにはまだ無理だよ。行かないで!って泣いちゃうと思う」
「でも世界が滅んじゃうんだぞ!ミク姉だって死んじゃうかもしれないのに!」
「わたしは、世界が滅亡するかどうかの瀬戸際でがくぽさんが隣にいないなんて、
 ……やだもん。どうしても行くって言ったら……」
「言ったら?」
「私も連れて行ってって頼む」
「あー、その気持ちすっごくよく分かるなぁ。何たって」
「お姉ちゃんは一人で世界を救いに行っちゃうもんねー」
「その通り。僕の方が守られてばっかだなぁ。あはは」
「レンくんはリンちゃんに何か言われたの?」
「いや……。一緒に映画見てて『超かっこいい!頼れる彼氏最高!
 レンはビビリだからあたしのために戦うなんてムリでしょ』って……」
「そ、それはほら、リンちゃんはいつもレンくんと一緒だから、
 離れるってことが分かってないんだよー」
「分からない?」
「そうそう。だってレンくんとリンちゃんは生まれたときからずっと一緒で
 今だってほとんど別行動したことがないよね。
 距離が近すぎて、会えないってことがどんなことか実感できないんだよ」
「そうかな…」
「そうだって。わたし、がくぽさんとケンカ…しちゃって、謝りたいときに
 すぐに会えない環境で苦しい思いしたことあるから。
 ……だから、もしケンカしたままがくぽさんが世界を救いに行っちゃったとして、
 それがわたしのためだってあとで聞かされたとして、直接顔見て謝れなかったら
 わたしずっと後悔し続けちゃうと思うんだ」
「…………」

「ま、考え方は人それぞれでいいんじゃない?
 レンはまだ今から色んな考え方を見につけて、自分が一番納得する道を選べばいいんだからさ。
 いやー未来や希望がある若者はいいねー。」
「何だよカイ兄。俺は決めた!もう決めてる!絶対頼れる男になってやるかんな!!」
「レンくん、張り切りすぎてリンちゃんを寂しがらせるようなことはだめだよー」
「いいって!ちょっとぐらい離れて、その間にリンより大人になって、
 リンのやつが俺がいなくて寂しくなった頃に戻ってくればよくね?」
「もー、そうじゃなくてー」
「お茶お替わりいる人」
「いる!」
「いるー」
「はいはい」



僕にとって大事な物はふたつだけ。
弟妹たちと、メイコ。
それらを守るためには努力は惜しまないけど、
それで家族がバラバラになってしまっては元も子もない。
僕に世界を守る力なんてない。そんなことくらい考えなくたって分かる。
大人なのだから。

だったら。

だったら僕は力の限り、命尽きるまで、地の果てまでも逃げ続けよう。
隠れて、やりすごして、時には敵に背を向けて。
一分一秒でも大事な人と一緒に生きるんだ。



「――って感じでエンディングだったの。ねーねー、
 めーこ姉はカイト兄がめーこ姉のために世界を救いに行くっていったら嬉しい?」
「そうねぇ……ありえないわ」
「がくっ。そうじゃなくってぇー、もしもの話だよ。
 じゃ、例えばめーこ姉がストーカーに襲われてるところをカイト兄に助けてもらうとかー」
「もっとありえないわ」
「うう…それはそうだけど…」
「そうじゃなくて、危険なことは私がさせないって言ってるの。
 あの子も見た目は大きいけど、抜けてるところあるし」
「……カイト兄をナイトにさせてあげる気はないの?」
「当然よ。みんなを守るのは長女の私の役目。
 カイトはあなたたちを連れて逃げる役よ。適材適所ってやつね」
「あたしちょっとカイト兄に同情する…」
「リン、私はみんなを救うわ。守ってもらうくらいなら、
 私が守る側に立つ。それで死んでしまったとしても、私がいなくなっても
 世界は終わっていないもの。私の家族が生きているもの。
 生きてさえいれば、きっと前に進んでいけるの」
「めーこ姉は強くていいなあ」
「さあ、どうかしら」
「めーこ姉、あたしは…レンが好き」
「うん」
「だから、レンに生きててほしい」
「…うん」
「めーこ姉、あたしはレンとずっと一緒にいたいよ。
 だから、そのためならあたしがレンを守ってもいい。
 もしレンが私を守るって言っても、一人でなんか行かせたりしないから!
 あたしも絶対、絶対一緒に戦うから!だからさ…」
「なあに?」
「めーこ姉も、カイト兄を連れてってあげなよ」
「それは、どうかしら」
「もー!めーこ姉の意地っ張り!」
「私は意地を張ってるわけじゃないんだけど…」
(分かってないなあ…)
(分かってないなあ…)




でも本当はね。
本当は、無力な僕が絶対に手放せないのはひとつしかない。
下卑た我が侭だって分かってるけど、僕とメイコのどちらかでも死んでしまったら意味がない。
メイコと生きていけない世界なら滅んでようが救われようが、無意味。

僕は一度間違ったから。
もう二度とメイコが斃れるところなんて見たくないから。
だから、僕はずっとメイコのそばにいる。
逃げて逃げて、追い詰められて、もうどうしようもなくダメになったら。


一緒に逝こう。



これが僕の。愚かしくて汚くて、惨めで哀れな。
最期の我が侭。




何が何でも一人で守るよ派(メイコ)
とにかく彼女を守りたいよ派(がくぽ)
「英雄」の彼女を守ってあげたいから戦うよ派(レン)
大事な人を守りたいから一緒に戦うよ派(リン)
世界を守りに行くより隣にいて欲しいよ派(ミク)
世界なんてどうでもいいから最期まで一緒にいたいよ派(カイト)

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